ナゾの地形 天然記念物「岩屋寺の切開(いわやじのきりあけ)」 奥出雲のジオ 入門編5
奥出雲町にはジオに由来する天然記念物が二つもある珍しい町です。
一つは「鬼舌振(おにのしたぶるい。一般的には鬼の舌震いと表記されるが、天然記念物の名称としてはこちらが正しい)、もうひとつは今回のタイトルにもなっている「岩屋寺の切開」です。
両方とも堅牢なカコウ岩を穿つ谷地形ですが、規模としては鬼舌振に軍配が上がります。
ではなぜ、切開が天然記念物になったのでしょうか?
岩屋寺は奥出雲町橫田にある天平勝宝8年(756年)創建の古寺で、現在は無住の寺となっています。経済的理由で寺内の仏像などが競売にかけられ、海外に流出してしまい、一部はオランダの博物館が所蔵していることが分かっていますが、建物その他は荒れ果て、境内も一部で侵食が進み崩壊の恐れがある場所もあります。
特に観光化されているわけではないのですが、地元の方が草刈りなどの整備を行っており、見学の案内もしているそうです。
境内には巨石が折り重なるようになっている場所が岩屋のようになっていることから、これが寺の名前の由来になった可能性があります。
岩屋寺のある山は横田花崗岩からなる山で、あちこちに花崗岩からなる崖やコアストーン(侵食から取り残された丸みのある岩)等を見ることができます。その中で異彩を放っているのが切開の部分です。天然記念物を取り扱っている書籍などで見られる写真では、その大きさがピンときませんが、実際にその場に行くと意外な大きさに驚かされます。写真は下流側からの撮影ですが崖の高さは10m以上はありそうです。
右岸側(写真では向かって左側)は凹凸が無くフラットで順当な傾斜ですが、左岸側はでこぼこしており、方状節理の部分が強調されている様子が分かります。オーバーハングになっている様子も分かります。谷の真ん中を少し水が流れていますが、落ち葉がたまってイノシシのぬた場(イノシシが水気のあるところで身体をこすりつけて身体に付く虫などを落とす場所)となっているようで、底の露岩の部分は確認できません。天然記念物ですから原則として現状維持なので、中の掃除をすることもできません。谷底を上がっていくと途中で行き止まりのように地形で谷が左右に分かれていますが、ここがほぼ谷の終了地点なのでしょう。
天然記念物の説明としては水流により浸食されてできた溝状の地形で、谷の下方部が広く上方部が狭くなっている変わった地形であることが希少であるとのことです。しかし谷の終了部分と山頂までの距離を考えると、いま現在で谷底を流れる水量では現在の地形を作るには水流のエネルギーが少なすぎると考えられ、土石流の発生により削剥されてできた地形ではないか?という新しいモデルが提唱されています。いずれにせよまだ明確な成因は分かっていない不思議な地形です。断層と破砕帯に沿った地形として捉えることも可能です。個人的には左岸側のでこぼこした石を抜きって石材として使っている可能性もあるのではないか?とも考えています。
境内とその周辺にはたくさんの石仏があり、なかには非常に柔和な表情のものもあります。切開だけでなく、一つ一つの石仏の表情を辿っていくのもまた面白いかもしれません。